一氏ユウジに、突然額に唇を押しつけられた日から三日経った。わたしの脳内はこのことよりも、一氏ユウジがサッカー部男子にキスをしていた顔でいっぱいだった。それと、今朝見た夢。

 わたしの夢の中で、一氏には彼氏と彼女がいた。一氏の彼氏は一氏の彼女を公認していて、逆もまた同じだった。わたしよりも二倍、人を愛することができる一氏に嫉妬している夢。朝から心が果てしなく重い。ただでさえ一氏の顔を見ることができないのに……こんな夢を見てしまったら気まずさ倍増だ。とは言うものの、彼とは元々クラスが違っていて、一日顔を合わせないなんていつものことだ。

 いつものことのはずなのに。
 わたしはひどく驚愕した。昼食を終えて自分の教室、自分の席に着こうとしたわたしは、一氏ユウジが何食わぬ顔でわたしの席に座っていることに、とても驚いた。暴れ始める心臓、まばたきすらできない目。彼に胸をときめかせていた自分がなつかしく思える。今ではすっかり要注意人物となってしまった一氏ユウジというバンダナ男。そのバンダナ男が、わたしの瞳をとらえた。

「遅っ。昼休み終わるわ」

 まるで自分の席のように肘をつく一氏は、わたしを隣の席に座らせた。ここが誰の席かなんて、そんなつまらないことはわたしの頭の中に無かった。ただ、わたしの心臓や脳はヘルプ!と叫んでいる。赤信号が点滅している。

「な、アレ内緒にしといて?」

 彼は人差し指を自分の唇に持っていき、首を傾げて言った。別にそんなポーズしたって格好良くないもん、と頭の中で自己暗示しながら、わたしは頷いた。アレとはきっと、サッカー部男子とのキスのことだろう。わたしが頷いたのを見て一氏は、それはそれは嬉しそうに笑うのだった。別にそんな笑顔見せられたって……好きじゃないし。

「良かったわ。小春にバレて怒られでもしたら俺ほんま立ち直れんから」
「……一氏ってよくわかんない。それ浮気?」

 金色くんには浮気かとか死なすどとか言ってしまうのに、自分は男にも女にもチューし放題なのか。こいつは中々侮れない。今一瞬だけ一氏の将来が心配になった。これが女なら、間違いなくイジメの対象になるだろう。
 そんな危ういユウジくんは再び口を開いて危ない一言を投下した。

「浮気やないで。本命は小春ちゃうもん」

 楽しそうな一氏の声。思わずわたしは一氏の顔を見つめた。その顔は本当に幸せそうだった。歯を出してニカっと笑う一氏。あ、懐かしい。わたしの好きな一氏だ。指で触れてみたいと思っていたわたしの好きな唇、 見つめられたら固まってしまうわたしの大好きな瞳。それらをついみつめてしまう。
 みつめていることに夢中で、どんどん近くなるわたしたちの距離に気付かなかったようだ。
 正しくは、一氏が縮めていくわたしたちの距離。少し乾燥した一氏の唇が、わたしの唇をかすめた。

「今日は間接キスやないで?」

 何が起こったのかよくわからないわたしに、一氏はよくわからない台詞を言った。間接キスじゃなかったら、きっとわたしと一氏がしたことは、直接的なことなんだ。まばたきしかできないわたしに、一氏は話し続ける。

「あいつとチューしてたらが来て、まずいって思ってん。これって恋やろ? それってあかん?」

 あかんって何があかんのかと言えば、あかん?と聞いている一氏のわたしをくすぐる顔だ
 ぐるぐる、ぐるぐる。わたしの脳みそは総動員で一氏ユウジに関する情報を整理し始めた。彼は別に金色くんが本命というわけではなく、サッカー部の彼に遊び半分でキスをしたらちょうど良くわたしが現れて、ぱちくりするわたしを見て、まずい!と思った。イコール、一氏ユウジはわたしが好き? ちょっと待って、わたしにはそんな結論に至る理由がよくわからない。けど、さっきからわたしの心臓は歓喜の声を上げている。これだけは認めざるを得ない事実。
 一氏の言うことは理解不能だけど、わたしが彼のことを好きだということはよくわかった。わかってしまった。わたしの口は勝手に開いて勝手に言葉を紡ぐのだ。

「あ、あかんことないよ」
「なら何の問題もないな、行こか」

 念のために言っておこう、ここは昼休みの教室である。わたしの席に一氏が座っていてわたしもどこかに座っているということは、この席に座りたいけど座れない何とも残念な人が近くにいるということになる。そんなことを思い出してしまったら急に恥ずかしくなってきた。今更かよ。
 ようやく冷静になってきたわたしを立ち上がらせ、手を引き走り出す一氏。さっきも似たような言ったけれど、彼が女だったらこの謎なタラシっぷりのせいで陰口を叩かれきっと仲間外れにされるのであろう。でもきっと、一氏ユウジだから許される行動なのだろう。そういうことにしておかないと、わたしの貧相な脳みそはパンクしてしまいそうだ。この高鳴る心臓と共に。





サッカー部の男子との出来事を、遊び半分と例えてしまったけれど、もし遊び半分ではなかったらもしかして私とサッカー部の男子と一氏ユウジとの三角関係が出来てしまうのではないか。正夢のような展開に、少しぞっとした。


100911