普段より風を感じているその理由は、昨夜切りすぎてしまった前髪にある。揃えていくうちにどんどん短くなっていき、新聞紙の上に乗る髪が少しずつ増えていった。やりすぎたかもしれない、と思った時には手遅れで。



「ぶは、ちゃんの髪!」

 1日で髪が伸びてくるはずもなく、空気に触れる面積が広くなった顔面で風を感じ登校してチャイムが鳴る寸前で教室の戸を引けば、爆笑するオレンジ頭の声がすぐ聞こえた。

「どこに前髪置いてきちゃったわけ!」

 もちろん無視を決め込んで自分の席に着いた。ちなみにわたしの前の席に座る人物は千石清純である。ついでにわたしはとても朝が苦手で、朝からこんなにテンションの高い男の話し相手になるという自分を鍛え上げる行為から毎日逃げている。  わざわざ後ろを向いてわたしの前髪を触ってくる千石を完全無視ということはとても難しく、結局声を荒げてしまった。当の千石は、いつもいつもこの状況を楽しんでいる!

「朝から怒っちゃって。カルシウム足りてないよー」

 せめて亜久津くんがいてくれれば、ほんの少しは静かになるのに。と淡い期待を込めて隣を見ても、当然のように彼は座ってはおらず、鞄すらない。

 絶対にこの席は、何らかの罰ゲームだ!とわたしは毎日思う。
 くじを引いて席を決め、わたしは教室の一番後ろの窓側というとてつもなくビップ席をゲットした。ここで神様はどうやらわたしに試練を与えたらしい。隣は亜久津仁、前は千石清純という男らが座ってしまった。他のクラスメイト全員の同情を、感じた。前の席の清純にうんざりし、亜久津くんに止めてもらいたいなと思いつつも実際座ってらっしゃると少し恐ろしい。


「あーあ、早く放課後にならないかな」

 この男、わたしが「どうして?」と聞かずとも自分で話の続きを言ってくる。わたしは今日の国語の小テストの予習をしている手を止めて、千石のほうを向いてあげた。千石はそんなわたしにウインクを1つ。

「だって放課後になればちゃんも機嫌いいし? やっぱり女の子の笑顔って最高!」

 笑顔でそんなことを言ってみせる千石。その台詞は応用が利くね、と応えてあげると彼はわざとらしい怒り口調になった。実際に、思ったことや思ってもないことをすらすら口に出せる人は凄いと思う。人生を上手に生きていけるんだと思う。そして、この男もある意味凄い。あくまで、ある意味。まあ次の席替えまであと少し。機嫌がいいときはこいつの笑顔に少しだけ癒されておこうと思った。


100709