大きなエナメルバッグを持ってパンとおにぎりと飲み物を買って、たまにお菓子もプラスして。ときどき笑顔を見せてくれる彼はいったいどこの高校に通っていて何の部活をしているんだろうか。彼が毎日買い物をしにくるものだから、張りきってメイクを欠かさないようになった。濃くならないように気を付けて、髪の結び方だって少しでも可愛くなるように工夫するようになった。以前、もしかしたら学校の帰りに寄るかもしれないと思って夕方や夜にもシフトをたくさん入れてもらったが彼が来ることはなかったので、今ではその時間帯に働くことは少なくなった。

 わたしも高校生だったらな。
 学校が同じだったら接点を持ちやすいけど、別の学校に通っていても大丈夫だろう。部活の試合の応援、他の子からの紹介。学生なら自然に出会えてお話できるのに。

 出勤イコールあの子を見るというものに変わってしまった私にとって、彼が来ないこの時間帯に店にいるということは面倒くさい以外の何物でもない。ああ、面倒くさい。10円でいいから時給が上がればいいのに、なんてそんなことを考えていたら、ドアが開くと同時に店の中が騒がしくなった。困った、うるさい学生は好きじゃないんだけどなあ。明るい髪色が二つ。わ、同じ顔。すぐにもう三人入ってきて、そのうちの一人はあの彼だったから思わず口が少しだけ開いた。
 この時間に会うのなんて初めて、と落ち着かない自分を鎮めるために品出しをしようと、しゃがんでお菓子と睨めっこをしていたら、少しだけ視界が暗くなった。見上げれば一人のオレンジ頭がわたしの隣に立っていてわたしを見下ろしていた。彼もしゃがみこんでわたしと目線を合わせると、口を開いた。
「お姉さん、年いくつ? 彼氏いますか」
 ばちり。目が合う音とまばたきをする音、両方だ。別にこの少年に聞かれたって何も嬉しくない、という本音が脳内で生まれた。するとすぐにあの彼がやってきて、オレンジ頭を叩いた。そしてわたしに言うのだ。
「すいません、こいつ口から生まれた男みたいなもんなんで」
 申し訳なさそうにしてたけど、かわいい笑顔だった。その顔から目を離すことができなくて、数秒だけ見つめてしまった。目をそらしたあと、彼もわたしに心を奪われてしまえばいいのにと思った。

 その高校生五人組とほんの少しだけ会計の時に話をした。話といっても、口から生まれたオレンジ頭が「さん、アドレス交換しませんか」と言ってまわりの友達くんたちが叩いて笑いあうという、そんな内容。話してないじゃん、っていうより、

「交換すればよかった!」
 家に帰ってお風呂につかって今日のことを思い出していたら思わず声に出た。お風呂場に少し響いたその台詞は、もちろんわたし以外聞くことのできない独り言であり、発することによって脳内会議が白熱するのだった。
 もし交換したとしても、わたしあなたよりあの灰色の髪の子とメールしたいの、なんてそんなことは言えない。絶対に言えない。やっぱり交換なんてしなくてよかった。
 よく考えるんだ、わたしはいったい彼とどうなりたいのかを。じっくり考えてみれば、メールや電話をしたいわけでもないし、彼に名前を呼んでもらいたいわけでもないし、付き合って時間を共有したいわけでもない。これってどうなの?――ただ、彼のあの笑顔がもっと見たいことだけは確かだった。あれを向けられることによってわたしの心臓は落ち着かなくなるし頭は何かが詰まってるんじゃないかと思うくらい窮屈になる。つまり、わたしはあの笑顔が欲しいのかな。でもそれって彼が欲しいってことなんじゃないのかな。
「……よくわかんないね」
 本日二度目の独り言で、その日の脳内会議は終了した。

 眠りにつくまえに、明日は気まずくなりそうだと想像して少しだけ朝を迎えたくなくなった。目を閉じると、彼の笑顔が浮かびあがった。



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