立入禁止。屋上の扉に貼ってある紙を無視することはとても容易だ。鍵はかかっていないのだから。重たい扉を開ければ、暗い階段とは打って変わって、明るい空が自分の視界に広がる。雲一つない水色のくせに、風だけは意地が悪い。肌を攻撃するようなそれが、秋を感じさせた。  
 腹立たしい水色と薄汚れたコンクリート。そこには一人の女生徒がいた。後姿だが誰だか判断できる、その女を俺はよく知っている。

「」
「鉢屋? 珍しいね、こんな所に」
「サボりだよ、お前も一緒だろ」

 俺がの隣に腰を下ろすと同時に風が吹き、の長い黒髪を揺らす。眉間にしわを寄せたは、彼女の持ち物にしてはあまり見ることのない鮮やかなブルーの携帯電話をしまい、口を開いた。

「わたしは休憩」
「変わらないよ」
「サボりって言葉、好きじゃないもん」

 彼女は自身の白く細い、水仕事を何も知らないようなきれいな指をそれぞれ絡ませて言った。どうして、と俺が会話の流れで問う。すると、彼女は小さく笑った。

「なんか、うける。正しい日本語を使えって話」
「……なら、うけるって言うな。お前こそ正しい日本語を使え」

 うすい唇からうまれた矛盾に、俺は吹き出しそうになった。負けずに指摘してやると、は不機嫌そうにため息を吐いて立ち上がった。少しだけ下がった黒いハイソックスなんて気にも留めずに歩きだす。俺は、後を追わない。

「鉢屋にお説教されると面白い」

 くるりと振り返ったは、てっきり怒っているものだと思っていたが思い違いだったようだ。その顔の口角は上がり、目は細められていた。くしゃっと笑ったの、常日頃冷静ぶっている印象を崩すような、新しい一面が見えた。そして思ったんだ。

「お前の笑った顔、もっと見たい」

 俺は立ち上がり、テレビなり小説なりを通して1年に1度くらいは目や耳にする、何ともありきたりな台詞を口走ってしまった。は笑わず、目を開いて俺をじっと見た。彼女の近くまで歩んでみたけれど、目を合わせてはくらなかった。が一言も喋らないから俺はどうしていいのかわからず、口をきゅうと結んでみたり眉を寄せてみたりしていた。

 自覚はある。この空気の原因は俺が発してしまったおかしな、かゆくなりそうな言葉のせいだ。きっとは困っていることだろう。らしくない自分との脳内戦争を思い浮かべて屋上を去ろうとした。すると、手首を掴まれた。
 振り返ると、顔を真赤にしたがいた。

「ありがちすぎて、どうしていいのかわからないよ」
「だろうな。俺は今すぐに逃げ出したい」
「……鉢屋と一緒なら、楽しいかも」
 
 最後の台詞が聞こえ辛かった。俺が聞き返すよりも先に、先ほどのように微笑んだは自分の指を俺のそれに絡めてきた。こいつの謎の積極性に、心臓が跳ねた。



091014