日曜日の朝、思う存分睡眠をとったからだろうか凄く気分のいいわたしは、リビングでホットケーキを食べている兵ちゃんに違和感を感じなかった。そう、とても我が家に馴染んでいるせいか、全く。彼が食べているものはわたしの朝食だということに気付くのはわたしが自分の椅子に座ってからだ。

「休みの日だからって寝すぎだよ」
「うん、ねぇそれよりもそれってわたしの」
「知ってるよ。のお母さんって料理上手だよね、すごくおいしい」

 マーガリンとケーキシロップでしゅわしゅわになった焼きたてのケーキが、どんどん兵ちゃんの口の中に放り込まれていく。成長期って、こわい。バターもメイプルシロップも知らない普通の家庭の普通の母は笑う、うふふ兵ちゃんたら、と。

「、今日は何して遊ぶ?」

 食器をシンクに運び、戻ってきたと思ったらソファに座る兵ちゃん。わたしは母が今焼いてくれたケーキを頬張る。牛乳でそれを胃に送ってから、わたしは兵ちゃんを見た。黒い瞳が輝いて、長いまつげをばさばさ揺らす。

「なにもしない」
「えー、しようよ」
「じゃあテレビ見よう」
「やだ、つまらない」
「兵ちゃん部活は?」
「今日は休み」

 だらだらと終わりが見えない会話を続けているわたしたち。兵ちゃんは剣道部に入っていて、わたしは何部にも入っていない。先生はもちろんいい顔をしなかったけれど、やりたいことも思いつかないし、学校の部活動の中から打ちこめるものを探し出さなくてもいいと思ったから。わたしが朝食をとり終えると、兵ちゃんはわたしの家のソファに寝転がってうなだれていた。
 徒歩2秒、それがわたしの家と兵ちゃんの家のまでの距離。つまりわたしたちは、お隣さんなのだ。赤ちゃんの時からお互いを知っているわたしたち。と言ってもそんな昔のことは覚えていない。幼稚園のお迎えのバスも一緒に待ったし、小学校の登校班も一緒だった。さすがに帰りは友達と帰っていたけれど。
 そんなわけで、ずっと一緒にいたものだから、兵ちゃんは中学生になってもわたしと一緒にいたがる。今日だって、おやすみの日なのにわたしの家に遊びにくる。学校でわたしがたまたま一人でいると、わざわざ呼びとめて満面の笑みで「おはよう」と言うから、わたしは女の子の視線を浴びる。本人は知らないだろうけど、兵ちゃんは可愛くて元気で、女の子にも優しいから人気がある。だから正直、兵ちゃんに話しかけられるとはずかしい。はずかしいけど、頬が少しゆるむようで、これが『矛盾』なんだと思った。

「じゃあサッカーする?」
「しなーい」
「ゲームは?」
「する。じゃあ兵ちゃんの家行こう」

 日曜のお誘いを聞きながら、わたしも自分の食器を向こうに運んで、活動を始める。学校で兵ちゃんと話すのは恥ずかしいけど、ここだとそんな感情はうまれない。中学生にもなって、とはたまに思うけど。歯をみがくわたしに、早く早くとせかす兵ちゃんはやっぱりかわいくて、でもこのまえ授業で習ったように、声変わりなんてしちゃったらどんなかっこいい男の子になるのか想像してしまう。そのころにはきっとわたしたちは絶賛思春期中で、お互いの家に行き来することなんてなくなるだろう。でも、わたしはなんだかんだで頭の中は兵ちゃんでいっぱいなんだと思う。




090908