「台風みたい」
 嵐のようにやってきて去っていった彼女を見ていたら気が抜けてしまってぽろりと本音が零れた。エプロン姿のジャンボさんは、まるで自分のことかのように笑う。
「いいなあ、わたしもあんなに無邪気になってみたい」
「その台詞を言えるなら充分それだ」
 窓の向こうの小さな日常音をバックミュージックに、パチンパチンと茎を切るジャンボさん。彼の顔か手か花か体か、どれを見ていたのか覚えてない。わたしはぼうっとして彼の作業を眺めていた。他のところに視線を泳がせると、真っ白のアネモネがくたんとなっているのが見えた。
「あれ、いつのまに花の名前覚えたのかな」
「ん?」
「ううん、ひとりごとですよ。あ、きっと毎日ジャンボさんのところに来てるからだ」
「そうだ。早く仕事探せ」
 喝! と切った茎のかけらを投げつけてくるジャンボさん。ぱらぱらとわたしの服にあたって落ちる。まあそこは心の余裕を見せ付けてやろうと思って、ちょっとなにするんですか片付けるの誰だと思ってるんですかジャンボさんって本当に子供みたい!と真っ先に頭に浮かんだ言葉たちはしまっておいた。自分を抑えて箒でそれらの始末をする。いつのまにかフラワージャンボの掃除係になってしまってるわたし。もういっそ再就職先とかアルバイトとか決めなくてもいいんじゃないかと思えてきた。

「今日、暇か?」
 突然のお誘いの言葉にどきりとする。でもわたしは学習したんだ、この誘いに釣られてはいかん! 最初にこう言われたときは、おデートのお誘いかと勘違いしてとても気分が良くなった。連れて行かれた先は映画館でもケーキ屋さんでもなく、まさかのノーマーク小岩井さんの家で、よつばちゃんと安田くんとジャンボさんとで仲良く遊んだとさ。なんていうちょっぴり恥ずかしい勘違い女の思い出。誰にも教えないんだから。
「暇です、行きます」
「行かないとは言わせん! きっと今日もあいつ来るだろ」
「……前から思ってたんですけど、どうして安田くんとくっ付けさせようとしてるんですか」
「お、ばれたか」
「ばれてますよ。正直わたし安田くんタイプじゃないです。もうちょっとしっかりした人がいい」
「……あいつがそれ聞いたら泣くぞ」

 わたしに向けられる哀れみの視線。ジャンボさんって何もわかってない。わたしは別に安田くんのこと何とも思ってないし、もちろん逆だってそうだ。だからがんばったって無駄なんですよ。ここでカップル一組つくって、ジャンボさんは小岩井さんの家の近所のお姉ちゃんとくっつこうと思ってるんでしょ。わたしあなたと違って色々把握してますから。知っていますか、小岩井さんの家に行くときわたしいつも願ってるんですよ。ジャンボさんとあの子が遭遇しませんように、って! がちがちに緊張する大きなあなたをみつめる小さなわたしを見て中くらいの安田くんが笑んだ。冗談を含ませて、見るなよ! と彼に怒るけど、本音だったりしないでもない。

「ジャンボさん、今日おみやげ持って行きましょうよ。アイス買ってから行こ」
 何かいいことでもあったのか、とジャンボさんはわたしに聞く。もちろんあなたと一緒に出かけたいからですよ、なんて言えないけど本当は言ってしまいたい。
「じゃあ一回財布取りに帰ります。すぐ戻ってきますから」
 この幸せオーラを見られないようにわたしはお店を飛び出した。自然と一歩が大きくなって、外だというのに人目を気にせず一人笑顔になる。近所のお姉ちゃんに負けないんだからね、だってわたしのほうがジャンボさんと一緒にいるんだから。わたしのこと見てもらえなければ意味はないことくらい知っているけど、自分で認識しまったらこの心はすかすかになってしまうからわたしはいつも影知らずな気持ちで前進するのだ。


 
?~090621
恋につける薬なし title 確かに恋だった