※謙也の彼女と幼なじみ財前の話 部活を終えて家に到着したとき、外から見た自分の部屋の明かりがついていることに気が付いた。 ――またあいつ……。 嫌な予感がして部屋に行くと、そこには予想していた通り幼馴染のがいた。 「また窓から入ったんか。明るかったらええけど、暗くなったら危ない言うたやん」 返事はない。俺の部屋の床で寝転ぶはきっと寝てはいないと思う。天井を睨むその姿から、どうしてこいつがここにいるのか簡単に想像ができた。 の家は俺の家の隣に、しかも俺の部屋のすぐ前にこいつの部屋がある。年齢は俺のほうが一つ下だけれど、ちっさい頃から仲良くしていた俺らは、お互いの部屋を窓から行き来することが少なくない。むしろ今みたいに、が彼氏の謙也さんと喧嘩したときは決まって俺の部屋でしょぼくれている。それは床だったり椅子だったりベッドだったり。前驚いたのはリビングで甥と遊んでいたとき。 「また喧嘩でもしたんやろ」 「……してない。…………謙也が誰にでも優しいから嫉妬した」 わざとらしくデカい溜息を吐いて聞いてみれば、帰ってきた答えは実にくだらないものだった。しょーもな!しょーもな!喧嘩やないんか!帰れ!と蹴とばしたいところだが何とか抑えてみた。はぁ、アホくさ。 こういうパターンのときは大抵、俺が「謙也さんの一番はのはずやからそんな心配いらんやろ」とかそういった言葉に毒を乗せて言ってやると次の日学校でイチャこく二人を見てしまうことになる。ほんまアホくさ。 眉間にシワを寄せて唸るをシカトしシャワーを浴びた。部屋に戻るとはまだ俺の部屋にいた。用に作ったパソコンのアカウントでピンボールをしていた。それの面白さは俺は知らない。ネトゲでも始めればええのに。 「飯は?」 「食べてきた」 「そか」 こんな短い会話をして、俺は階段を下りた。ほんの、ほんの少しだけ急いで夕飯を済ませて部屋に戻る。もちろんはまだ帰っていない。 「喧嘩するたび俺んとこ来るのやめろや。謙也さんに殴られる」 「だから喧嘩じゃないって! だって女の子みんなに優しいからさ、妬く……」 「それ何度目やねん! 本人に言えばいい話やろ」 「だって重いって思われたくないんだもん! 無理、謙也に嫌われたら、絶望する」 だんだんの目は涙を蓄えていく。人の気も知らずに、というのはこのことだ。 先輩、同級生、後輩、俺に告白をしてくる人は少なくない。今はテニスに集中したいから、と理由をつけて断っているけれど本心はそうじゃない。好きな人おるから、と言うのは何となくキャラじゃないからそれで逃げているだけ。ただ、今の俺にはこの幼馴染にしか恋愛感情は芽生えない。 この幼馴染が彼氏(認めたくないけど謙也さんのこと)で悩んでいると、俺の胃は何かが燃えているんじゃないかと思うくらい熱くなる。こいつにこんな思いをさせている謙也さんにも、自分が傷付きたくないから何もできない自分に嫌気がさす。 いつのまにか隣で俺の肩に頭をあずけるの頭を撫ででやる。謙也さんは知っているのだろうか、こいつが頭を撫でられることが大好きなことを。もちろん知っているんだろうな。心臓に針が刺さる。 「あほ。謙也さんがのこと嫌いになんてならん」 「……本当?」 「思ってること全部言えばええ話……謙也さんは重いなんて思わんやろ」 そっかな、と言いながら目を閉じる。いつもこうだ。何かがあると俺の部屋に来て肩に頭を乗せて、俺が撫でると安心したかのように目を閉じる。それは謙也さんという相手ができても変わらないことだった。 謙也さんがどう思っているのか、むしろ知っているのかもわからない。 自身が、どう思っているのかもわからない。 自分からこれはあまり良くないことだ、と言ってあげられるほど俺は優しくない。 こんなかたちでもにふれることが出来るのなら、それでいい。ただ"好き"を伝えない、伝えることができない臆病な自分を、は気付いているのだろうか。 「でも、みんなに優しくするところが、謙也のいいところなのかも」 は今、謙也さんのことを考えて幸せそうな表情を浮かべた。俺にはこんな表情にさせることはできないだろう。はあ、なんであの人なん。 「うん! そうだ! 謙也の長所だ! ってわけで大丈夫な気がしてきた。光、いつもありがとうね」 急に立ち上がってポジティブ宣言をしたは、俺の部屋との部屋の窓を開けて、するりと帰って行った。ああ、やっぱりあいつの頭の中はあの人でいっぱいだ。の彼氏が俺なら、あの笑顔は自分に向けられるのに。 「やっぱり人のもんって、あかんよなぁ。つら」 さっきまでの頭を撫でていた左手をみつめて、呟いた。 そいつに一番がいるかぎり、どうあがいても自分は一番になれやしない。臆病者は後悔することだけが得意なんだと思う。が来るから俺も応える。これは自分の弱さをに押し付けていることになるのだろうか。 ひとりしかいない部屋は急激に温度が下がったようだった。しあわせって、何なんやろ。 110817 てをのばす、その前に |