長いようであっという間に終わってしまった中学最後の夏休み。結局課題を全て終わらせることはできず、自室でただ後悔するわたし。と言っても後悔するなら手を動かせ、この夏に引退したテニス部部長が言うかのように脳内でそれを唱えた。そう言う前に手動かし。うん、これだ。
 エアコンが程よくきいている部屋で、自分の根性と集中力で闘っている最中、財前光は退屈そうに溜息を吐いた。

「なあ、部活ないから遊び来てるのに構ってくれへんの」

 わたしのお気に入りのビーズクッションを抱きしめ、彼は言った。いつも彼の耳は五色のピアスで彩られて随分とやかましいことになっているが、今日はそれが一つもない。昼休みに、寝坊してつけ忘れたと言っていたような気がする。
 家に来る前に寄ったコンビニで買ってきたのだろう、パックのレモンティーのストローをかじる彼は、学校で顔を合わせる時よりも年相応に見えた。光ばかりを気にしていてわたしの手はさっきからあまり動いていない。ハッとして課題に戻るわたしの後ろで彼は負けじと口を開く。

「暇やあ、構って」
「ああもう、課題終わらせてから。漫画読んでて」

 なるべく返答しないようにしていたのに。構って構ってとぼやく光が可愛くて、可愛いなんて本人に言ったら怒られてしまいそうだけど、やっぱり可愛くて。今もわたしの少女漫画を読んで眉間にしわを寄せている光が可愛く見えてしまう。

「はー、少年漫画ないん? っていうか先輩、課題って夏休みにするもんやろ」
「終わらないから今やってるの」

 どうやら漫画は彼の好みに合わなかったらしく、それを床に置き、やわらかいクッションでベッドマットを軽く叩き続ける光。せめてテーブルに置け、とは思ったけど面倒なので口には出さない。
 提出期日が遅いものを後回しに課題を片付けていくのがわたしの毎年のパターン。三年間中学生をやって、成長しなかったなあと心の中で自分を笑ってあげた。
 光のレモンティーがなくなる音が聞こえた。きっと光はもう限界だろう。我慢ができないちいさいこどものように、光は後ろからわたしの肩に腕を預けて気だるそうにことばを紡いだ。

「ほんま暇やねん。な、先輩の課題一ページ終わるごとにキスして」

 光は本当にずるい。そんなのわたしが光にしてもらってもいいくらいなのに。わたしが課題を終わらせるご褒美ではなく、光がわたしを待つご褒美。それを耳元で要求されたらわたしの心臓の鼓動は速くなるしかない。光がずるいのは、結局わたしが断れないことを知っていておねだりをすること。それと、少し照れるわたしを見て喜んでいること。何という男だ。
 悔しいから、お望み通りキスをしてやった。わたしからは珍しい、噛みつくような。きっと光のようにうまくはできていなくて、光は頭の中で笑っているんだろう。顔を離すと光は、一つも穴が開いていないわたしの耳たぶを撫でながら顔をあかく染めていた。


100826