人の好みというものは本当にそれぞれ違うものであり、故に自分は好きではないものを人が好きだと言ってもそれを否定する権利は誰も持っていない。が、どうだろう。今まさにわたしはこの空間にいる女子生徒全員――といっても五人しかいないが、わたしの好みは彼女らによって全力で否定されしまったのである。

「あれは……本物やて」
「うんうん、好きになってもええことないよ」
「あたしの友達、ものっそ怖い顔でふられたぁ言うてた」

 花の金曜日、放課後。いわゆる恋バナというもので盛り上がっていたわたしたち。誰々は何部の何くんが好き、最初はそういった人の話をしていたが、自然と自分の好きな人を暴露する話になっていった。そこでわたしが言う流れになり、少し恥ずかしい思いをしてぶちまけたらこのザマだ。ええーないわー、うっそありえん、やめときーて、うけるー。次々と飛び出る台詞は、わたしの繊細な心をちくちくと傷つけていった!うけるて何よ。
 ひどいそこまで言わんでよ、と笑いながら言ったものの、わたしの心中は絶賛噴火中だ。しかしこの女共、止まらない。

「けどなぁ、これは言うって」
「わかるわぁ……一氏とか、ありえへんよ」
「ってことでの話は終了、次いこ」

 ああっ、嘘やん。
 血も涙もない女友達により、わたしのターンは賛同ゼロで早々と終了してしまった。その後、別の子が恋のあまい話をし始めてもわたしの頭の中には一氏ユウジでいっぱいいっぱいだった。
 わたしは知っている、警戒心をなくした相手にはぶっきらぼうではあるが少し優しくしてくれる一氏を。
 以前体育がある日にタオルを忘れてしまったわたしは、幼稚園からの仲である金色小春に予備のものを借りに行ったことがある。小春なら絶対三枚は常備している、しかも可愛いもの、という確信があったため。もちろん小春は快く貸してくれた!
 が、そこからが問題だった。翌々日に、洗濯したそれを返しに行った時の話。小春の席に行ったわたしはいきなり誰かに肩を叩かれ、後ろを向いたら鬼のような形相をした緑のバンダナ男が立っていた。ここから先は言わずもがな。わたしは必死に小春との仲を説明し、小春からも色々言ってもらってわたしの命は助かったのである。
 それ以来、ほんの、ほんの少しではあるが話すようになったわたしと一氏。普段のそっけなさと、偶に見せる何気ない優しさ、中学三年生女子が恋におちるには十分すぎるときめきポイントだった。

 と、言う具合に一人で回想モードに入っているうちに、ふわふわ恋バナタイムは終わりを迎えた。帰ろ、と一人が言えば各々鞄を持って立ち始める。あ、わたし、

「鞄、教室や」
「何ー、先行ってるわ」

 何で忘れたんかなあ、と心の中で言いながらわたしは三年二組を後にした。自分の教室の前まで来て、どうして戸が閉まっているのか少しだけ疑問に思い戸を開けた。開け、た。
 教室にいたのは、わたしの頭の中に常に存在している今まさにわたし限定で旬な男、一氏ユウジ。そしてわたしのクラスメイトでサッカー部の、男の子。彼らは、くちびるを、かさねていた。

「うそ」

 わたしの声は、夕焼けで染まる教室によく響いた。ふたりはくちびるを離し、わたしを見た。サッカー部の彼はぽかんと、一氏ユウジは無表情で。一氏に追い詰められていたような彼は、一氏を押しのけて教室から出て行った。えっちょっ、二人きりにするとかやめてよね。

「あー、驚いた。何やねんないきなり」

 緑のバンダナを弄りながら一氏は言う、そこまで驚いていないくせに。その証拠に、彼の台詞に感情はこもっていなかった。教室が違うくせに何故か一氏は自分の鞄を、誰かの机上から持ち上げた。そしてわたしとの距離を狭めていく。どんどん近づいてくる一氏に、わたしの心臓はとてもうるさく暴れ出した。

「知っとる? 俺、男も女もいけるで」

 わたしと一氏の距離、推定約五十センチメートル。一時停止した一氏はわたしにそう言った。
 どうしてそれをわたしに言ったのだろうか。今のわたしはそんなに物欲しそうな顔をしているのだろうか。顔がとても熱いけれど、わたしの顔は恥ずかしいほど真赤なのではないだろうか。男も女も、女も男も、メインはどっちなのだろうか。さまざまな疑問がわたしの脳内で生まれてくる。その疑問を一つも解決できないわたしの手を、一氏は掴んで引き寄せた。驚きと嬉しさと戸惑いとときめきが同時に溢れたのだろう。わたしは、自分が咄嗟に吐いた台詞に驚いた。

「か、間接キスは嫌や」

 またも一時停止、が間に合わなかった一氏はそのままわたしを引き寄せて、一氏のくちびるはわたしの額に当たってしまった。あ、あ、わたし、いま。
 わたしはすぐさま一氏から離れ、それはそれは自分でも驚くくらい冷静に自分の鞄を取って教室から出た。そこから走って玄関のすぐ近くで、ストップ。玄関から友達の笑い声が聞こえたため、少しここで止まって自分を落ち着かせてみる。

 ――落ち着くわけがない。
 短い時間の中であれだけ濃い出来事があったのだ。顔は熱いし額はじくじくと疼く。心臓は今にも飛び出そうなほど動いている。あのサッカー部男子とは多分しばらく目を合わせられないだろう。それにしても、自分のあの台詞。じゃあお前は直接したいのか、そういう話になってしまう。
 いや、間違いではないけども!痴女か自分!どんだけ思春期やねん!と、とりあえず自分にツッコミを入れて心を落ち着かせてみようにも、落ち着かない。
 むずむずと、この話を誰かに話したい衝動に駆られる。がしかしサッカー部男子のことも考えてわたしはこれを誰にも言ってはいけないんだろう。我慢、我慢や。わたしは友達がいる玄関へ向けて歩き出す。
 脳裏によぎるものは、サッカー部男子にキスをしていた一氏ユウジのやけに色気のある顔だった。



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