「そういえばアツくんね、結婚したんだよ」

 世は正月。県外に勤めていて、現在帰省中のわたしに大ニュースが飛び込んできた。このショックを何かに例えるとしたら、わたしは偃月刀あるいはバスターソードで真っ二つに切られてしまった。家族団らんの夕飯時に聞かされてしまったため、両親と現役女子大生の妹にこのショックを隠し通さなければならない。急いで感情に蓋をした。『大』が四つほどくっ付いてきそうなニュースを投下した母は、微笑ましい顔をしてビールを飲んだ。わたしは、平然を装う。――わたしはどうしてショックを受けているんだろうか。

「へえ。おめでとうだね」
「同じ図書館に勤めてる人って聞いたよ。お母さんまだ見たことないけど」
「あたし見たよ。アツくんより背高かった!」

 妹が一度口を開いてしまったら、話は止まらない。アツくんの彼女、というか奥さんの印象から始まり、その奥さんの武勇伝、途中違う話に脱線しながら結局は妹の彼氏の愚痴なんかを聞かされてしまった。複雑だ、と言わんばかりの表情をしている父を横目で気にしつつもわたしはしっかりと聴いていた。

 堂上さんちの篤くん。わたし含め家族の皆は彼をアツくんと呼ぶ。隣の家に住んでいた彼は、わたしと妹とよく遊んでくれた。全くと言っていいほど本を読まなかったわたしたちに、いろんな本を貸してくれた。幼馴染のお兄さんだ。

「アツくんが結婚かあ」

 食後にアイスを食べていたら、不意に呟いてしまった。そういえば何年も彼に会っていないと思った。わたしの記憶に残る彼は、大学生だった。あれから身長は伸びたのだろうか。わたしの記憶だときっと、妹は彼の身長を越しただろう。
 わたしと対面して、同じものを食べていた妹と目が合った。何を言われるのだろうか、と思った途端に妹は溜息を吐いた。

「アツくんが、じゃないよ。はどうなの。ていうか、あたしの彼氏の顔見たことないし」

 わたしの彼氏。一瞬だけ時間が止まった気がした。わたしには付き合って三年になる彼氏がいる。きっともうすぐ結婚するのだろう。互いの両親にもう会っているし、もう少しである程度のお金が貯まる。
 予定が合わず妹にだけ紹介できていない彼は、わたしよりも妹よりも、父よりも背が高い。本を読まない人だ。

 わたしの彼氏のことを頭に思い浮かべれば浮かべるほど、アツくんのことが思い浮かぶ。幼い記憶から最後の記憶まで、彼と共に過ごした時間がわたしの脳によみがえって咲いた。
 たくさん思い出すことができるのに、わたしの名前を呼ぶ彼だけがどうしても思い出せない。わたしはそれを一番欲しているのに。
 気付かなかっただけか、気付かないふりをしていただけか。わたしは何年も頭の隅で片想いをしていたのだ。ただ後悔ばかりがわたしを襲い、一雫、頬を伝った。何、喧嘩したの?と慌てる妹がぼやけて見えた。

 そういえば、最近買った本はアツくんから貸してもらったことがある本だった気がする。



100518