とろりとした瞳が、わたしを離さない。わたしは酔った堂上教官が少し苦手だ。彼の人間らしい部分が見えるから。彼はわたしの上司であり、わたしは少なからず彼に憧れを抱いている。そんな人の中身が見えてしまうのが、嫌なのだ。印象の、押し付け。けれど、勝手にわたしの頭の中だけで想っているからよいのだと、自己解決することにする。自分が思ったことを声にした彼が悪い。

「髪型、変えたな」
「はい」
「……いいんじゃないか」
「……は、い」

 場所はロビー、何なのだろうこのやりとりは。堂上教官に仕事のことで褒められると、それはもう心臓の中でピンク色のメルヘンなお茶会が行われているのではないかというほど舞い上がってしまう。だがどうだろう、この場合。仕事以外のことで、まさか彼にこのようなことを言われるとは。彼が異性の髪型について述べるなんて、人間臭い。
 隣で唖然としている小牧教官をちらりと見て、わたしは小さく「ありがとうございます」と言った。こういうとき、どこを見ればいいのか分からない。とりあえず堂上教官の顔は見ないよう、彼の足もとに視線をうつす。
 まさか彼に容姿のことを褒められるなんて。
 先日、二年半付き合っていた恋人に別れを告げた。理由は簡単で、わたしの瞳に彼が特別な存在として映らなくなってしまったからだ。そしてその後、お決まりのように髪を切った。少し古い考えではあるが、ずいぶん清々しい気持ちだ。そんな切りそろえた毛先を弄りながら、早く解放してほしいと願いつつただただ瞬きをする。ミネラルウォーターを買いに来ただけなのに、こんな素敵な酔っぱらいに捕まってしまった。その酔っぱらい教官は、わたしの髪を見ながら「うん」だの「いい」だのぶつぶつ呟いている。

 突然、教官の手が伸びてきた。びくりと肩を揺らせば、髪に触れられ次に襲うものは寒気、と緊張。くるくると教官の指がわたしの短い髪を絡め取る。わたしの熱で、ミネラルウォーターはぬるま湯になってしまうのではないかというほど、体が熱い。熱い彼の視線が、痛い。

「もうおしまい。部屋に戻ろうか、堂上」
「ん、ああ……」

 小牧教官による、この時間を終わらせる声。ああ、指が、堂上教官が離れてゆく。
 思わず、堂上教官の袖を掴んだ。酔いが醒めたような、見開かれた瞳。先ほどのとろけそうなものとは違うそれは、凛々しく、強く、私を捕まえる。咄嗟にわたしの口は、別れを惜しんだ。

「きょ、うかん」
「おやすみ、」

 酒のせいか、少しかすれた声がわたしの名前を呼んだ。これだから、酔っぱらいは。わたしの心臓を躍らせることばかりをする。そして、ほらほら、と小牧教官に誘導され、ロビーを去る。ぽつんと残されたわたしの心臓の音がうるさくて仕方ない。わたしの髪の毛は、堂上教官の指を感じた。わたしはその部分をくしゃりとつまみ、ずるい、と心の中でぼやいてみた。




091017