酔いつぶれて机に突っ伏して寝てしまっている、そんな上司を眺めながらグラスに残ったアルコールを口に含んだ。さて、これからどうしよう。いくら背が低いと言っても私よりは高いし性別も違う。肩に腕をかけて運ぶことを想像するだけで身体に重量感。
「教官、起きてください」
 私がそう言えば、「ああ」とか「おう」とか弱々しい返事が返ってくるのみで、顔が上がることは無い。
 堂上教官、置いていきますよ。笠原が心配するんじゃないですか。帰りましょうよ、堂上教官、

「どうして、いつも私に相談するんですか。こんなに飲んで、滅多に酔っ払う事なんて無いのに。私に悩みを打ち明けて、その前にすることがありますよね。私を誘う前に、笠原に謝るべきですよ。小牧さんだっているのに。手塚くんとか。たくさん、私以外に、あなたの近くにいることがふさわしい人が。どうして今ここにいるのが私なんですか、苦しめたいんですか、ねえ堂上さん」

「ひとりごとって、恥ずかしいですね」

 大きな溜息を吐いて、残りの水分を流し入れた。からからと口の中で氷が鳴る。何を口走ってしまったのだろうか。酒の勢いというものは、恐ろしくてたまらない。他の人から見れば、眠っている奴に何ぶつぶつ言ってんだこの女、と思えてしまうはずだ。けれど私は、堂上教官が眠っているということにとても感謝している。少し、すっきりしました、本当はまだ自分の中はどろどろと渦巻いているんですけどね。

「……聞いているぞ」
 突然、声がした。やけにはっきりとした、教官の声。視線を携帯電話のサブ画面から彼に移した。堂上教官は、今にもくっついてしまいそうなくらい眠そうな目で、私を見ていた。そして、帰るか、と呟いた。  額に腕の痕を残し、教官は立ち上がった。私は氷を噛み砕きながら、彼を追う。そしてその背中に訴えるんだ、さっき言えなかった独り言を。堂上教官、私は「相談事を聞いてくれる優しい後輩」なのですか。

090630