いつもと変わらないつまんねえ一日で、ただこいつだけが違っていた。
 目を丸くさせてぱちぱちと瞬きをし、何かを探している。俺にはその何かが何なのか分かるはずもなく、分からなくても全く構わない。が、そうは言ったって調子が狂う。 おい、と一声かければ、はっとしたように肩を揺らす。こいつ、よく見たら薄っすらと紅なんて注してやがる。

「気になる男でもできたか」
 の髪をがしがしと撫でながらその顔を見ると、耳まで赤くなった。図星かよ、めんどくせえな。女っていうのはこの場にいるかもわからねえ男を想うと、こんなに態度が変わるもんなのか?どこで誰が見てるかわからないって、そりゃあそうだけどよ。めんどくせえ生き物だ。
「少しくらい協力してよね」
 顔を真っ赤にしながらは俺を見た。よっぽど恥ずかしいのか、唇を噛んですぐに俯いた。
「まあ……凌統以外だったらな」
 すぐにの口もとは緩んで、俺の手を引き人気のないところまで有無を言わさず連れ出した。


「……で、こんなところまで連れてきて、何するつもりだ?」
「ばか。脳みそ筋肉男」
 わざとらしく笑んでみたが、返ってきた容赦ない言葉に俺の表情筋は凍った。人の脳を筋肉扱いするようじゃ、まず男は寄ってこねえな。
「お前なあ……まずその口の悪さをどうにかしろ」
「うるさい。どうにかな、る」
 普段は心の広い俺だが、のためを思って助言してやった。優しすぎる、と自分を褒めたら懲りずに口を開くがそこに健在していたが、その台詞は途中で詰まることになった。目は一点を見つめて固まっている。何事かと思い後ろを振り返ると―――

「おや、殿に……甘寧殿?」
 真っ赤な軍師の陸遜がいた。視線をに戻せば、魚みてえに口をぱくぱくさせてやがる。挙動不審になりながらは陸遜との会話を終わらせて、陸遜が去り姿が見えなくなった頃。は俺の腕を抓った。
「痛え! このやろ……!」
 未だ呆けてるの頬を抓ってやれば、色気も何もねえ小さな悲鳴を上げて我に返った。こいつの想い人ってのが陸遜だってことが判明し、俺らの会議は始まった。こいつが陸遜といつ何をどうしたか、日常の隅々までを聞かされて頭が重くなった俺だったが、何故か耐えていた自分がいた。それにしても気に入らねえ。軍師さんの名前を出す度、いちいちこいつは頬を染めやがる。そこまであの軍師さんが好きだったとはよ。今までは何かあるごとに俺の名を呼んで飛びついてきやがったってのに。娘を嫁がせる父親ってのはこんな気分なのかい?
 こんなを気に入らねえと思う自分が気に入らねえ。
 最後、気合いを入れるに「まあ頑張れや」と声をかけたが、本当に俺が言ったのかもはっきりしない程ぺらぺらの嘘を吐いたなと感心した。


100126 花になる病