息を吐けば、それは白く映ってしまうくらいの気温。そんな季節。
電車に乗り、俺達が住むところよりも栄えている街へ来た。
クリスマスが近づき街中は賑わっている。すべての周りの音が、賑やかすぎて頭に何も入ってこない。少し意識しないだけでこうなるのか、まるで無音だった。そして、ふと一人の女の子を目でとらえた。

あ。あの子は、

地元が同じで高校も一緒。だけど会話をしたことは無い。クラスも一緒になったことは無い。そんな彼女は一人で壁にもたれかかっていた。
さん。委員会やクラブ活動で一緒になった覚えもない。影が薄いわけではなく、ただ俺とは接点が無いだけだ。
誰かを待っているのだろうか。携帯電話を弄りながら時間を潰しているように見えた。


「真琴。置いてくぞ」
「ああ、ごめん!待って」


はるに声をかけられ、離れた距離を無くす。ふと振り返れば、そこに彼女はいなかった。



 後で知ったことだけど、さんには年上の、車を持っている彼氏がいるらしい。クラスの女子たちが、私もさんみたいに年上の彼氏が欲しいなあ。と話しているのが聞こえた。








 今日は2週間ぶりのデートだ。前は学校の近くまで迎えに来てくれて放課後に遊ぶこともあったのに、ここ最近は会うことが少なくなってしまった。大学が忙しいみたいだから、わたしは少し気をつかって待ち合わせの場所をいつもと違う場所に変えてみた。わたしの家の近くではなく、電車に乗ってみた。

 それにしても寒い。もう30分は待っている。周りを見渡してみれば、知っている顔が見えた。七瀬遙と橘真琴くん。そういえば橘くんとは話したことがない。高校も同じところへ行ったのに、一度も。地元が同じで小学校中学校が一緒でも、こうやって話したことがない人は何人もいる。そのうちの一人だった。名前と顔は知っているかな。

 洋服が欲しいな、と思いながらインターネットをしていたら、メールマークが点滅。ついたよ、遅くなってごめんね。という内容のメールを見て、わたしは彼の車を探しに行った。



 こんなことって本当にあるんだね。彼の車の中には女の子がつけるアクセサリーが落ちていた。











 冬は終わり、春が来た。俺たちは高校2年生になった。新しいクラスにははるがいた。さんもいた。


「始業式に休みって……」


 はるは学校を休んだ。教室にいる生徒は、新しいクラスに戸惑いと希望を抱いている。けれど生徒のほとんどは、もう新しいクラスに馴染んでいて、その騒がしさは高校生らしいものだった。
 また誰かが、教室に入る。その瞬間、楽しそうな教室の空気が一瞬凍りついた。


!なにその顔!」
「……別に」
「別にじゃないよ!目も腫れてるし……」


 さんの顔は絆創膏が何枚も貼られていた。きっと彼女の顔を見た誰もが、何が起こったかを察しただろう。彼女の友達が声をかけると、彼女は案外普通に友達の問いに答えていた。





 授業を全て受け終え、後はもう帰宅するだけ。だったのだが。携帯電話を机の中に忘れてきたことを、玄関まで行ったところでようやく気が付いた。ポケットの中に入れておけよ俺、と思いながら教室を目指す。閉まっている戸に手をかけようとした瞬間、聞こえてしまった。


「ていうかさんに年上の彼氏がいたことがおかしくない?」
「別に凄い可愛いってわけでもないし、地味ではないけど……普通の女子高校生って感じ」
「そりゃ浮気されるわ」
「ねーウケる。最初からさんが本命じゃなかったんじゃない」


 これだから女子は!ウケないから!俺は教室の戸の前で立ち尽くした。とても、とてつもなく教室に入りづらい。苗字で呼んでるから仲の良い友達ではないみたいだ。さんがここにいたらと思うと、ここにいるのは俺で良かったのかもしれない。思わず溜息を吐いて、再び戸に手をかけようとしたら後ろで鼻をすする音がした。

 後ろを振り向けば、さんが目を真っ赤にして立っていた。わ、と思わず小さな声が出た。顔中に貼られた絆創膏が痛々しい。朝に比べれば目の腫れは治まったけれど、今は泣きたいのを我慢しているようだった。こういう時、俺はどうするべきなんだ。


さん、えっと」

「あの、まだ鞄が中にあって、ね」


 さんが顔をあげた。瞳には涙がつまっていた。


「橘くん、取ってきてもらえませんか」


 初めてのさんとの会話は、ずっとこの先、大人になっても忘れられそうにない。










20131011